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過去の真夜粒〜2014年2月14日Facebook投稿記事


2014年2月14日Facebook投稿記事
https://www.facebook.com/kyo.hori.1/posts/510547172400129

【忘れない1日】

鹿児島県伊佐市に赴任して間もなく3年。今日は、僕が、この町に来て取り組んだ2つのことが、同時に「階段」をのぼった。

一つは、伊佐農林高校。支局に赴任して最初に付き合った3年生2人が、母校に帰ってきて、話をしてくれた。二十歳を迎えた二人。卒業して、たった2年なのに、すっごく成長してた。

二人の話を聞きながら、涙をごまかすのが精一杯だった。スーツを着て、堂々と在校生に話す姿。もうね…たまらんのだ。

伊佐農林高校って、そんなに、いいイメージはなかった。赴任したころは、取材に行くのも、軽く面倒くさいと感じていた。

彼ら、彼女らと…卒業してからも話せる間柄にいるなんて、想像もしてなかった。出会いから3年。どんどん変わってきた。どんどん変わってる。今も、変わってる。

夜、先生とも電話で話した。「地域を応援するつもりが、気がつけば、地域から応援してもらえる存在になっていた」。この言葉に尽きる。このきっかけを作ったのが、今日、母校で話をしてくれた学年の生徒たちだ。

「何かしたい」。その先に見えたのが「地域のために」。何の損得勘定もなかった。求めたのは、地域で暮らす人たちの笑顔だった。もしかしたら、入り口は、生徒自身の自己満足感だったのかもしれない。

町をきれいにする。雑草を刈る。幼稚園や小学校で、サツマイモの植え付けを教える。

そんな、ちっちゃい活動から始まったんだ。

もう一つが、サッカー。伊佐市は、ヴォルカ鹿児島と「まちづくり協定」を結んだ。忠元公園で、協定締結の記者会見を開いた。

協定は、互いが「何らかの見返り」を求めて当たり前だ。そのために結ぶのが常道だ。でも、伊佐市は支援金を出さない。出さなかった。

一見、まるで生産性も経済性もない協定だった。伊佐市は、ヴォルカの試合会場で農産物を販売した。ヴォルカは、子ども向けのサッカー教室を開いた。ただ、それだけの関係だった。

が、ヴォルカ選手が伊佐市に足を運ぶうちに、ヴォルカ後援会に入る市職員らが増えた。嫌々ながらの人もいたと思う。一方、サッカー教室に子どもを通わす保護者が、次第にサッカーへのめり込み、ヴォルカの試合へ足を運ぶようになった。確かに、サッカーへ関心を持つ人は増えていった。

今日、ヴォルカとFC鹿児島が統合した「鹿児島ユナイテッドFC」の選手とスタッフが、伊佐市長を訪ねてきた。

また、縁がつながった。

ユナイテッドは「市民クラブ」を掲げる。鹿児島県や、ホームタウンである鹿児島市は金銭面の支援をするだろう。忘れてほしくないのは「金だけで、人や地域とのつながりはできない」ということ。

伊佐市という地域に暮らしたからこそ、取材できた2つの喜び。

この2つを取材したからこそ、「地域を動かす」ための「根っこ」が見えてきたんだと思う。

「ビジネスモデル」「ビジネススキーム」。都会で広告代理店が築き上げた論理は通用しない。

人の成長。
まちの成長。
経済の成長。

真の強さは、打算のない、妥協のない、人間にしか、なし得ない。

ずっと見えなかったものが、今日、見えた気がした。どんなに遅かろうが、手間はかかろうが、理想論と言われようが、「きれいごと」からしか「奇跡」は生まれない。そう思う。

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