楽しく美味しい鹿児島暮らし

僕が伊佐に住み始めた理由。その壱。

いろんな人に聞かれることもあるので、これ書いとかなきゃだ。

僕は2011年に、会社の人事異動で伊佐支局に赴任した。支局は自宅と事務所が同じ敷地内に別々にある。おおむね3年間、その地に住んで、その地の記事を書く。異動を命じられた時は、正直…凹んだ。だってさぁ、天文館に毎晩通ってたし、ほぼほぼ住んでたし。それが、よりによって、「鹿児島の北海道」とか言われる鹿児島最北の伊佐だって。ワクワクよりも、絶望感がハンパなかったの覚えてる。当時、僕は運動部にいて、スポーツ取材を担当してた。主に高校野球を追っかけてた。ちょうど「鹿児島実業高校の最強世代」と言われたチームがセンバツ甲子園出場を決めてた。その取材に行けないことが何より悲しかった。

異動を伝えられたのが2月下旬。その直後。そう、3.11。東日本大震災が起きた。

僕は、大学で原子力工学を学んだ。だから福島第一発電所の事故は、本当に辛かった。緊急炉心停止システムは「万全」だと教わってた。信じてた。その「安全神話」が、もろくも破綻した。テレビから伝わる避難者の姿は、もっと、もっと、辛かった。

天文館で好き放題に飲み歩いて、結婚にも興味なく、好き勝手に生きてた。それでいいと思ってた。その僕が、伊佐赴任を命じられた。東日本大震災が起きた。

自分の中で、「価値観」が音を立てて崩れ始めた。

つづく。

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